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西山夘三/村野藤吾

今日は大阪で打ち合わせがあったので、ちょっと早めに出て気になっていた展覧会を覗いてきました。
ひとつはLIXILギャラリー大阪で開催中の「超絶記録!西山夘三のすまい採集帖」。西山夘三というと、食寝分離を提言してその後の住宅計画学において多大な影響を与えたわけですが、そこに至るまでの膨大な調査資料が展示されていました。各地の民家はもちろんのこと、戦後のドヤ(日雇い労働者のための簡易宿舎)やラブホテルの部屋まで、数多くの詳細なスケッチを見ることができました。
部屋を俯瞰するスケッチは妹尾河童が有名ですが、そこは建築学者の西山夘三、スケッチだけでなく細かな寸法も記入されています。実は僕も出張や旅行先のホテルの部屋を実測したりしますが、まぁその場で描きあげるということもあって(というのは言い訳ですが)、俯瞰図ではなく平面図どまりです。いや、反省。。
展示後半では西山氏自身の家族の変遷と共にその時々に応じた住環境の記録も多くあるのですが、ここに住むことへの知恵がたくさん込められています。もし現在家づくりを検討している人がいて、変わっていく家族構成とそれに見合った家のスケールに悩まれている人がいたら、ここは是非見ていただきたい、と思いました。

 

 

「住まい」というものは生活を享受するだけのものではなく、「生活」は住まいに対する知恵によっていくらでも豊かになるということを教えてくれます。5人もの子宝に恵まれ、その子達の成長に向き合った西山氏の住環境に対する奮闘ぶりにとてもワクワクさせられました。
食寝分離から発展したnLDK間取りは、家族の多様化により現代ではもはや再考すべき対象となっていますが、西山氏のこの膨大な調査資料を改めて見返していくと、何か新たな思想が見えてくるのではないかという気さえしました。
 
そして気になっていたもうひとつの展覧会。これはIDEEが村野藤吾の家具を復刻販売するということでその発表展示会でした。正確には次の日からの開催ということでしたが、設営も整っていたため一足先に見てきました。
村野さんの家具は・・・。あ、なんとなく「氏」ではなく「さん」づけです。随分と昔に他界されているのでお会いしたことはないのですが、村野さんの設計した建築は身近に多くあったことからなぜか親近感を感じて村野”さん”とお呼びしています。関西の建築家だけの感覚かもしれませんが・・・。
閑話休題。その村野さんの家具、曲線が独特でとてもいいのです。美しい、とか座りやすい、とかそういう曲線ではない。とにかく”いい”のです。結果としてとても座り心地が良いのですが。
この座り心地も、いわゆるクッションの硬さが、とか寸法的に、とかだけで計ることができない心地良さがあるように感じます。椅子やソファに座る際には意識せずともその姿を見てから座るという行為に移るわけですが、その姿は座る人を受容する優しさを座る前から見せてくれるような気がするのです。

 

 

かつて心斎橋プランタンという村野さん設計の喫茶店がありました。椅子やテーブルの家具も村野さんのデザインだったのですが、それが籐を使ったやはり優しい椅子でした。2003年に閉店解体が決まった際に、無理を言ってでもあの椅子を譲ってもらったらよかったと今でも思い返すことがあります。そんな訳で村野さんの家具が復刻されて販売されることはとても嬉しくなりました。

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ギャラリー間・坂茂展を見て思うこと

少し前に、ギャラリー間で開催していた「坂 茂:プロジェクツ・イン・プログレス」にいってきました。誤解を恐れずに言いますが、特別意識しているわけではないけれど、時々凄い勢いで胸に入ってくる建築家が僕の中には何人かいます。坂茂氏もそんな建築家の一人です。
特に最近の氏の木造への思いは強いようで、展覧会の内容もそこに重きを置いたもので大変見応えがありました。

 

 

昨今、建築界では特に環境問題という観点から木という素材が注目され、その素材の持つ可能性が、特に大型建築において大きく見直されています。それはストラクチャーからマテリアル、建築本体ではない緑化など、多岐に渡ります。中には商業的な匂いがプンプンするような、エセ環境的な観点で木を捉えているような建築も多く見受けられ、その見極めに注意を要するものも少なくありません。

 

 

もちろん全てにおいてそんなものが横行しているわけではないのですが、既存の木造を見直す考え方や、S造を木造に置換するような考え方が多く見受けられる中、坂氏にとって木はそれらとは全く異なる視点で捉えられている気がします。木という素材に注目している、というよりは、あらゆる素材についての新たな可能性を模索してる、といった方が正しいのかもしれません。その可能性を模索するベクトルの多様さに驚かされます。そのひとつが木であるというだけなのでしょう。
また、建築そのものだけではなく、建築家としての社会への姿勢などにも感銘させられることは多く、それが新たな建築をつくりだす原動力になっているのだと感じます。この自ら周囲を巻き込んで社会を突き動かしていくパワーに大きな刺激を受けるのです。

 

 

 
ところで、ギャラリー間に行く時に乃木坂駅から出ると必ず目に飛び込んでくる竹山聖氏設計のOXY乃木坂。80年代後半の発表時、同時期に大阪で建てられたD-HOTELと兄弟(姉妹?)のように語られた建築ですが、僕の好きな建築の一つです。時を経て色々と手を入れられて竣工時の禁欲的な表情とは随分と変わってしまい、RC打ち放しはすっかりくすんでしまっていますが、築後30年、寡黙に建ち続けている姿を見ていると、やはりRC造の力強さはいいなぁと思うのです。木造の新たな可能性を感じつつも、RC造には普遍的な歴史に支えられた確度がある。逆に言えば、木造は時代ごとにその扱い方は異なりますが、RC造はオーギュスト・ペレが使い始めた20世紀初頭から大きく変わってはおらず、初めから完成された工法とも言えるわけです。…と話が少し逸れてしまいました。この辺りについて話し出すと長くなりそうなのでまた今度。。

 


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